私の知っている人が、部下の尻を触って降格処分になった。出世頭だったらしい。
数年前には、私の知っている採用担当者が「やらせてくれたら内定やるから」と体の関係を迫り、クビになった。学生からの通報で発覚したらしい。
こういう事件が起きるたびに、「なんでそんなことやっちゃうの!?」と疑問に思わないだろうか。
地位、名誉、金。すべてを持っている人が、セクハラ1つでクビになる。
それほどまでに性加害が重い行為であることは間違いない。だが、だからこそ、
「なんでそのまま仕事するだけで年収XXXX万円になれた人が、それでクビになる道を!?」と、思うはずだ。
そこには、今ではとても信じられない「15年前の常識」がある。
いまの35歳以上が見てきた「性加害は笑ってこらえる」世界

だいたい、10年前くらいまで。働き方改革と、女性活躍推進が発足する前。セクハラは空気のように「あってあたりまえ」だった。私が受けたセクハラだけでも、
さらに、私の大学の同級生はこんな性被害にあった

嘘みたいでしょ。でも、これが「まあまあまともな大学を出て、バリバリ働ける会社に入った人たち」の話だったのだ。私の地元話はもっとドギつかった。
正社員でも、妊娠したらクビになった。
もちろん当時から違法だよ。
でも「え、っていうか産後に戻ってきた人なんていないから」と言われて、そのまま辞めざるを得なかった。
なぜ通報しないのか。なぜ今からでも訴えないのか。そんなの自明である。

当時のみんなが、それをやっていた。当然だと思っていた。だから、苦楽をともにした仲間も被害者だと明かすのは耐えられない。



証拠はない。飲み会の話ばかり。それを誰がまともに取り合ってくれる? 売名? 枕営業? バッシングされるのはいつも被害者側だ。



加害者のいた組織が全部ゴミじゃない。いい人もたくさんいた。成長もさせてもらった。今のキャリアはたしかにあの経歴のおかげ。それなのに、素晴らしい人達のキャリアも潰すつもりで、会社の好感度を下げるの?
スキャンダルになったら、その人達の前歴もまるごと信頼を失うのに? 加害者ではなかった先輩方には罪もないのに、それをやるの?
でも、加害者は罰されていない。どいつもこいつも未だに、権力者サイドだ。
つまり告発するなら、刺し違えるくらいの覚悟がいる。
それ、私がやるの? 死ぬ覚悟で? そこからほうほうの体で、逃れてきたのに?
被害に遭った側に、訴える義務なんかない。
だが、私が少しでもぼかして当時を振り返ると、SNSではすぐこう言われる。



それってなんで訴えてないんですか? 本当ならすぐ言いましょうよ! さもないと虚言だと思われますよ!



あなたって○○社とXX社にいましたよね、つまりこの会社のどこかってことですか? 本当なら実名で告発してくださいよ! さもないと会社から訴えられても文句言えないですよね?
Again、もう一度言うぞ。
被害に遭った側に、訴える義務なんかない。訴える勇気を持つものは偉人である。
そして、それ以外もサバイバー(生還者)として必死に生きているんだ。
なぜこんな言葉で、被害にあった人間に石を投げるんだ。人の心とかどこかに忘れてきた感じっすか?
訴えてもムダだった時代を、誰も覚えていない


というわけで、私は訴えていない。労基には相談した。
でも、労基から「その会社に死んでもしがみつくつもりならいいですけど、そうでもないなら、会社で浮きますし、長い戦いになりますよ。それだったら、辞めたほうがいいんじゃないですか」と言われるんだ。
労基が救い主だと、みんな信じすぎなんだ。
いろいろな会社にいた、私の友達もそう言われたよ。
証拠もない、だけど新たな被害者が出ているのは知っている。だがどうすればいい?
そして、こういう社会で揉まれて育つと、いつしか生き残る側もおかしくなるんだ。



仕事に本気なら、体を武器に使うくらい当然だ。
体を差し出せない時点で、仕事への熱意が足りないんだ。



私も出世したら、いい外見の人間を食い物にしていいんだ。
きっと相手も喜ぶよ。だって出世できるんだからね。



上の世代は、もっとひどいセクハラを受けてきた。
だから私は恵まれている方なんだ。
ほら、こうして性加害は伝播する。でも上からは気に入られる。出世する。
そしていつしか、自分がコンプライアンス部門に通報されて、しょっぴかれる。しょっぴかれて、そりゃあ驚くよ。
・単に「彼氏いるの? いないなら○○ちゃんと付き合いなよ」って言っただけなのに。
・ちょっと、尻をパンと景気づけのつもりで叩いただけなのに。
・裏でちょっとオネエ寄りっぽい外見の人を、「あの人絶対ゲイだよね~」って話しただけなのに。
自分の受けた被害が壮絶すぎた人ほど、自分の認識をアップデートできない。
何なら、先輩世代より大分ソフトになったんだから、自分のやったささいな恋バナ、コミュニケーション、打ち解けるための努力が”性加害”だなんて言われて、呆然としているかもしれない。
新しい常識に、かつてのサバイバーはおののく


この10年で、目まぐるしく常識はアップデートされた。
被害にあっていた人が声をあげやすくなった。
そして、サバイバー(生還者)たち、つまり自分の被害を矮小化して、なかったことにして成功してきた人たちはおののく。
え、これが性加害?
だとしたら、自分が受けてきた仕打ちは何だったの? と。
私もそうだ。自分がいつまでも被害者になんていられるわけがない。
今はもはや、老害、加害者の予備軍だ。
自分のことをうっかり、BBAと自虐するのも、デブで笑いを取ろうとするのも、後輩の恋愛事情を聞いてしまうのも、もう絶対だめなのだ。
だめだが、
「これが性加害とされるなら、もはや何の話をすればいいんだ」
「だったら、私が受けてきた経験は何だったんだ。あのイニシエーションがなければ、生きていけなかったのに」と、
「イケイケのトップ企業で生き延びてきた私」は囁いてくる。
きっとこうして、改革は繰り返され、世界は少しずつよくなっていく。
だが、いつまでも自分が被害者のつもりで、ぴえぴえ泣いているわけにもいくまい。
私は、加害できてしまう側でもあるのだから。

